光冨郁埜(いくや)の詩のサイト

詩という生活

詩と評と狼編集室と雑記・日記等です。


光冨郁埜詩編
うしろ背

そのうしろ背の壁に
白い顔が浮かびあがっている
まっすぐ見ている眸に
群れのひとたちの歩き出しに
くすむ羽をすぼめている

行き交うひとたちには気づかれない
そのあおざめた空には
遠くうすくのびる雲が逃れている
そのうしろ背が舞っている
小さい点の旋回に
羽根の白さが落ちていく

空のペットボトルのなかに
乾いた風の音がこもっている
胸のこげた臭いを
コートの襟に隠して
眉をひそめてさまよっている
街角で配りものをする肩に
触れてはわるいから

空が雲に覆われて
湿り気をふくんだ風に
ひとが通り過ぎても気づかれない
街の表示がはがれ落ちた死角で
影がひとついなくなった

靴のかかとを気にして
膝をまげて深い帽子を落とす
その曲げたただひとつの背に
街の空が引っ掻き傷をつくる

還っていくひとたちには気づかれない
建物の影に消えていく
うしろ背にまたたく光がまぶたを開く



ひとの声


会うことのないひとたちの声
こころの輪郭(かたち)の外がわから
(空腹と眠気とにさいなまれながら
物をたたく乾いた風の音と
建物をきしませる低い空がおおう

ここから離れた場所
見知らぬひとの
(いや生まれる前にどこかであった顔かもしれない
その裾にふれてみる

ひびわれた街に
いく層もの
窓に映るひとたちの輪郭(かたち)
絶えまない車の列に
(これは現在(いま)であろうか、それともずっと過去(まえ)であろうか
寸断されては、また繋がっていく

枯れた枝先に空がささる
そのかたむく並木道に
茶色の手袋が置き忘れられて
ひとの抜け殻がうまれている

会うことのないひとたちの
それぞれの温もりに
そっと指をおいてみる
(その先にある駅の向こうまで
(その先にある駅の向こうまで


大きな翼の影に日が落ちて
(そむかれる、その白い顔に両の手をそえる

胸に手を置きながら
わたしは気づかないふりをして
会うことのないひとたちの声をまとう


光冨郁埜詩集『豺(ヤマイヌ)』(狼編集室)より



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